我が故郷の想い出
山口県防府市毛利邸の裏山のゴルフ場の桜とメジロ
郷里の友人、野鳥写真の達人綾目さんから実に懐かしい写真を送ってもらいました。
私が住んでいたのがこの写真には写っていませんがこれよりやや左辺りでした。ここに写っているゴルフ場が昭和27年(59年前)毛利邸の裏山に出来た「山口カンツリー倶楽部」です。日本で26番目に出来たゴルフ場です。このゴルフ場が私達の裏庭みたいなものでした。
お陰で(近所のよしみでゴルフ場に入ることも許され)9歳のころから父にゴルフ場でのマナーを教わり、何本かのクラブをもらって”草ゴルフ”を始めました。中学生になり年に1度夏休みに父と一緒にラウンドさせてもらうのがとても楽しみでした。そんな訳で私のゴルフ歴は今年で59年目になります。(経験だけは豊富ですが上手になりませんでした)
また、このメジロにも懐かしい想い出があります。寒い冬、雪が積もると、山奥から、このゴルフ場の近くまで色々な小鳥が餌を求めて降りて来ます。その中に可愛いメジロもいました。そんな日はゴムの長靴に藁を一杯入れ(暖かいので)、それを履き、取りもちをもってメジロを追いかけていました。
法律では野鳥を捕獲してはいけなかったはずですが当時はよく知りませんでした。これは当時の田舎の子供たちの生活の一部でした。
捕獲した小鳥が良く囀るために、また羽根の色が綺麗になるために、病気で死なないために、どんな餌を与えるのが好いかなど色々研究しました。
川に行って小魚を取ってそれを干して轢いて魚粉を作ったり、小麦粉や大豆、粟、稗などを石臼で轢いて粉にし、小鳥の種類によって配合を変えていました。裏の畑に小松菜を植えてそれを毎朝採ってきて練り餌にして与えていました。この餌つくりと鳥篭の掃除の為、私は兄姉妹達より確実に1時間は早起きをしていました。
夏は半日でこの練り餌が腐るというので学校が終わると一目散に帰宅し新鮮な餌を作って取替え、水浴び用の水を代えていました。自分の可愛がっているメジロやホウジロ、ウグイスなどが綺麗な姿で囀るのが自慢でした。
こんな思い出がこの写真で一気に頭を巡りました。綾目さん有難う御座いました。






