初めての仕事が自動車レース場
富士スピードウエイに就職
大学を卒業する前の年、1965年(昭和40年)12月5日に富士スピードウエイが仮オープンしました。
その時、私は1期生として富士山の麓の静岡県駿東郡小山町にいました。
正式には1966年4月の入社ですが一足早く現場で仕事に就きました。
(翌年2月までに下宿先で卒論を書き、期日までに提出、3月卒業式のためだけに帰郷しました)
明けても暮れても車の話、レースの話です。よくも、こんなに車好きな奴ばかりが集まったものだと思いました。私もその一人で相当な車好きだと思っていましたが上には上の奴がいるもんです。
この時代は、まだ一般家庭にそんなに車は普及していませんでした。3C(車、カラーテレビ、クーラー)を持つことが贅沢そのものでした。
会社にはスカイライン2000GT(プリンス)、フェアレディー1600GT(日産)、コロナ1600S(トヨタ)、べレット1600GT(いすゞ)、ホンダS600、S800、トヨタS800などなど・・・・日野コンテッサ1300GT、ダイハツ・コンパーノベルリーナというのもありました。懐かしいですね!!
こんな車をコースに持ち込んで、皆でタイムを競い合ったりしました。車・車・車の生活の中で1秒(今では0.001 秒)でも早く走る自動車レースに興奮の毎日でした。
私にとって、本格的な車の出会いはこれが始まりでした。


