プロフィール

平下治
平下治
1978年GISに出会い、翌1979年10月ビジネスGIS専門会社株式会社ジェー・ピー・エス設立、以後一貫してビジネス分野でのGISの運用コンサルタント業務に従事。民間のマーケティング現場での出店計画や既存店の活性化、メーカー等の販売促進計画等を手がける。

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GISマーケティングの株式会社JPS


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2008年02月 アーカイブ

2008年02月14日

4度目のセルビア訪問

在セルビア日本大使に取材

先月末、わが国唯一のGIS専門誌「GIS・NEXT」の取材でセルビア、ベオグラードに行って来ました。中2日の強行軍でしたが充実した旅でした。
在セルビア日本大使の長井忠氏は私の50年来の友人です。そのご縁で、2003年当時、長井氏が米国オレゴン州ポートランド総領事時代に現地のアメリカの人達を対象に「GISマーケティングセミナー」を開催しました。

そして、2005年にセルビア大使になられ、ポートランド当時の経験を今度はセルビアでも活かしたいとのご意向から2006年、2007年の2度のセミナーの開催(平下治のGIS物語28・46参照)になりました。

わが国のGIS普及活動の一つとして、GIS・NEXTでは、このような動きのあることを広く知って頂くため大使直々にインタビューを申し込みました。
取材の様子や内容は雑誌で紹介されますので控えますがついでに立ち寄った街の様子をご紹介します。

2008年02月15日

平下治のGIS物語48「GIS上級技術者認定」

GIS上級技術者第1号に認定される

アメリカでは早くからGISの技術者を資格として認定していました。既に、1500人ぐらいの資格者がいる登録されています。この資格者にはランク付けがあり、ランクによって給与も決められているそうです。

つまり、GISのプロをプロとして認め、職能として給与を払う。逆に言えば、この資格を持つと一定の収入が保障されるということです。

日本でもこの制度を取り入れようと4年前から当時のGIS学会会長であった碓井奈良大学教授の発案で検討委員会が発足されました。検討に検討を重ねた結果、GIS学会の下部組織として「GIS技術認定局」ができ,2006年7月より「GIS上級技術者」の申請を受付る運びとなりました。

私は早速、所定の申請の手続きを致しました。これまで、GISに携わった各種の業務をポイント換算する方法での申請です。審査の結果めでたく承認されました。

2006年10月わが国の第1号のプロに認定されました。

名誉なことですが・・・実は、ただ、一番早く申請をしただけです。

2008年02月18日

ニコラ・テスラの発電機が今も

100年前の発電機が今も現役で動いています

セルビアの大発明家「ニコラ・テスラ」が発明した発電機が今も稼動しています。

セルビア、ベオグラードの南東150kmにザイエチャルという町があります。温泉のある静かです。
その町で、私の友人、長井忠セルビア大使の写真展が開かれたそうです。

先日、そこに行った長井大使がそこの発電所では100年前のニコラ・テスラの発電機が今も稼動していることを聞き、その発電所に行ったそうです。

その発電所の前にある「ニコラ・テスラ」の銅像の写真を撮って、送ってくれました。

現在、我々有志が集まって「ニコラ・テスラの偉業を讃える会」を発足させ、日本国内にも銅像を造ろうと運動を進め、今、富山県高岡市で製作中です。予定としては3月末日までに完成させる予定です。

セルビア、ザイエチャル発電所にある「ニコラ・テスラ」の銅像

2008年02月19日

セルビアからの独立を宣言した「コソボ自治州」

難しい民族間の軋轢と宗教の問題

私は、今、セルビアと日本がより好い友好関係を築くために及ばずながらの活動をしています。
「ニコラ・テスラ」の銅像を日本に造ろうと言う活動です。

たまたま、現セルビア日本大使の長井忠氏と古い友人関係にあり、一昨年から2年半の間に4度セルビアを訪れました。

出向くたびに、「セルビアって大丈夫なの?」、「危険じゃないの?」、「治安は?」と言われます。

先日もこのブログで街の様子を見て頂きましたが全く問題ありません。
首都ベオグラードはドナウ川、サヴァ川が交差する美しく、歴史のある、素晴らしい街です。

しかし、セルビアの南部コソボ地域ではセルビア人とアルバニア人の小競り合いが続いています。

詳しくは理解できませんが、事の発端はコソボ地域に隣のアルバニア人が次々に渡り住むようになり、(結果として90%がアルバニア人になり)コソボ自治州を設立して、セルビアからの独立を目指していたという流れがあります。
ところがこの「コソボ」は元々セルビア正教の聖地であるためセルビア人にとっては無くてはならない地域だと言う歴史的背景があるのだそうです。

アメリカやヨーロッパはこの度の独立を承認する方向ですが、セルビア政府としては、コソボ自治州の一方的な独立宣言をどうしても認めるわけにはいかないと言うことです。ロシアは同じような自治州を抱えていることからこれが前例になると困るので反対の立場をとっているということのようです。私の頼りない理解ですが簡単に整理するとこんな構図だと思います。

セルビアもコソボ自治州も武力による解決はしないと宣言しているようですが、私たちは陰ながら、なるべく早く、平和な解決が出来ますことを願うばかりです。

2008年02月20日

セルビアからコソボが独立宣言

ベオグラードで暴動!・・・といっても

写真を送ってもらいました。

「独立宣言の翌日、2月18日の午後2時頃。市内中心部の共和国広場での集会」
馬の銅像は、オブレノヴィッチ・ミハイロ公(トルコ支配からセルビアを解放)、
左の茶色っぽい建物は国立博物館、右の白っぽい建物はオペラ劇場。
これはおとなしいものでしたが、流れていってマクドナルドのガラスに投石したようです。」