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平下治のGIS物語34「母の存在」

母は強し!

こうして私のGIS人生を振り返る時、どうしても忘れてはいけないこと(忘れていませんが・・・)は母の存在です。その母が・・・・・・2004年1月16日朝、電車の中に「母死す」の連絡が入りました。

GISのプレゼンテーションのためにお客様のところに向かう途中でした。
お断りも出来ないので予定通り訪問。実はここで、,ご担当者の都合で約40分待つことになりました。
慌てても母が生き返るわけではないのに・・・焦りました。この40分が4時間くらいに感じました。

頑張ってプレゼンを終えて、商談をし、急いで母の元へ行きました。

安らかに眠っていました。今でも鮮明に覚えています。1998年までは私と二人で鎌倉に住んでいました。85歳になり留守がちな私の所では心細いということで、妹の家に移りました。母は特に大きな病もなく、のんびり過ごしていました。

前日の1月15日の夜、いつものように「おやすみなさい」といって床につき、次の朝、目が覚めなかったのです。90歳の大往生でした。

約30年前、私がGISの仕事を始めて(JPS設立)6年後、初代社長だった父を亡くしました。
その時、まだ、よちよち歩きのJPSを誰よりもこの母が応援してくれたのです。父が残した僅かな蓄えのすべてを私に、つまり、何も言わずに全ての預金通帳と印鑑を私に差し出してくれたのです。

1982年のことですからまだまだGISがどうなるものか見当もつかない時に・・・・正に母は強し!です。

   
                             感謝

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